2011/12/28

2011年。平成23年。締めの言葉。です。





 「あと何日かで、今年も終わるけど」

 みなさんにとっての、2011年はどのような年だったのでしょうか?

 僕にとっては、普通の年でした。

 こんな言い方はちょっとおかしいかも知れないけど、すみません。僕、捻くれ者なので。本当は、沢山、色々ありすぎるくらいの出来事がありました。だから、例年よりも特別な年であったのは事実です。でも、この、2011年という年を特別な年に敢えてしたくないからして。普通の年でした、と、言ってみました。

 特別な年ってない!と思ったりする人間なのです。だって、一日たりとも同じ日はやってこないから。世の中や、身の回りで起きた出来事を、何かの計りで比較して、大小で区別することは可能だけど、その重みや軽さは誰にも決められない。決めるのは自分だから。それに、2011年を特別な年だと言い切ってしまうと、過去や未来が薄れてしまいそうなのです。来年は、今年より特別じゃないような気持ちになっちゃうし、過去の年があまり重要じゃなくなっちゃう気もする。だから、普通だったと、言ってみるのです。でも、その、普通には、沢山のことが詰め込まれています。

 今更言うまでも無く、今年は、東日本大震災がありました。その前後では、直接的にも間接的にも、僕の目の前に広がる景色は一変しました。突然の天変地異。これに飲み込まれる非力な人間。その後繰り広げられる、原発の安全性の是非。これに掻き乱されて真実を未だ掴めないままにいる人間。天災と人災。それがないまぜになって、まだまだ震災の影響は続いています。来年だけではなく、来年以降、ずっと、ずっと、ずっっっっっと、続いていきます。それが巻き起こった年が、2011年です。これは紛れもない事実で。今年を振り返るのに欠かせない要素であります。

 個人的なことを思い出すと、今年ほど、「保坂壮彦って何?」ということを問われる場面に出くわすことが大きかった年は無かったのかなって。11月に40歳の大台に乗ったというものあるかもしれないけれど。もう、既に、保坂壮彦の人生の半分を生きてしまったということ。生かされたということ。それを目の前にして、様々な景色が、様々な人達が、己に対して、「あなたは誰?」ということを突きつけて来たことが多かった気がします。ていうか、親父は59歳で死んでるんで、あと、19年経てば、もう、親父の天命を全うした年齢になっていまうという。ていうか、親父の人生の3/4ほど、消化してしまったという。そんなことも考えさせられました。

 震災で多くの方が亡くなられましたが、個人的に、元旦から親戚の叔父が亡くなったりして。近親者が今生を全うし、召されたということもあって、「生きる」「生かされる」ということも、例年以上に考えさせられることが多かったです。

 あとは、人、です。人。自分が日々、今日を刻んでいくに当たって、人、の大切さを感じた年でもあるかなと。例年以上にそういう思いが駆け巡っています。

 語ると長くなるので、ひっくるめて完結に言うと、やっぱり、12/14に『ALL IS LOVE IS ALL』というMIX CDをリリースさせて頂いたというのが自分の中では、大きかった。勝手ながら、自分の今までの人生があってこそのCDであると。それら全ての感情を詰め込んで制作したものなので、本当に、自分にとっては記念碑的作品であるとともに、先に述べたように、「保坂壮彦って何?」の回答を、一旦、この作品で出せることが出来たということが、何よりもでかいことだったのではないかなと。思うわけです。

 といいつつ、まだ今年が終わるまで、後、4日あります。今日から、CDJ11/12も始まりました。保坂壮彦的には、まだまだ年内中に、年明け早々にやるべきこと。DJで音を届けることが待っています。年末は、今回で9回目の出演。9回って簡単に書いたけど、改めて考えると、凄いことだね。なんか。凄いや、俺(笑)。たまには自画自賛させて下さい。決して天狗にはならない人間なんで(笑)。30日と31日深夜(てか元旦早朝)。2回の出演に思いの丈を全て注ぎ、みなさまに届けます。やれること色々考えてます。といっても、派手なパフォーマンスをやれるほど度胸もないので、音で勝負です。それと、多少映像の手も借ります。それで、9回目のCDJに挑みます。幕張で会える方、笑顔で、会いましょう!逝ってしまった大切な人達の為にも、ここやそこにいるあなたや僕は、音楽で、がむしゃらに、命を躍動させましょう!!

 「世の中は色々あるから、どうか元気で、お気をつけて」

 皆様にとって、来年も、今年と同じく、日々が光り輝きますように。

 2011年に体感したブルースを感情に刻み、2012年、より強く歩めますように。

 幸あれ!






2011/12/18

ちょっとした『ALL IS LOVE IS ALL』制作秘話的な、話。



 気がつけばもう今年もあと何日?…ていか「COUNTDOWN JAPAN 11/12』が開催されるまでもう10日を過ぎてるんだね。て、こ、と、は、あと2週間か…。光陰矢のごとし…。今年は、30日、31日に出演します。つっても、31日に至っては、元旦って言ったほうがいいよね。だって、深夜?明け方?AM3:40からAM5:00までだもんね。最後の最後のアストロ・アリーナ出演者ということになりますからね。ていうか、おじさん、大丈夫かな…。

 12/14にリリースされた『ALL IS LOVE IS ALL』。リリースされてから、周りの色んな人に様々な質問をされることが多いのですが、その中で、一番多いのは、『いつぐらいから制作作業をしていたんですか?』ってのが多いっす。『どんだけ大変でしたか?』とかとか。

 実質的に動き出したのは、8月初旬くらいからになるのでしょうか。いや、実を言うと、リリースのお話は以前から頂いていて。何事もなければ、もう少し世に出るタイミングが早くなっていたかも知れません。なぜこの時期になったのか…? 直接的、間接的、いろんな「的」を含めて、東日本大震災の影響があったから、この時期にリリースされることになったのが一因です。でも、それは、誰にも逆らえないことであった訳で。あの震災があって、僕が音楽で出来ることなんて、ほんのちっぽけなことなんだから、致し方ないと思っていたので。粛々と受け止めて、些細なことでもいいから、僕に出来る何かを探していました。
 そこで、今回、僕の作品にコメントを寄せてくれた、チャットモンチーのアッコちゃん。彼女の言葉にも書かれているように(こちら)、あのとき、僕は、DJとして、何が出来るか。出来ることは何か。を模索していたところで、「音楽を届ける」ということで、彼女とリンクし、近づいて、どれだけの人にどれだけのものを届けられるか。暗中模索の中、届け続けていました。結果はわかりません。でも、僕の出来ることはあったんだと。そう実感させてもらえたのは事実でした。それから、改めて、ビクターの方からリリースのお話しを頂き。8月から動き出したという感じです。感謝しきれないほどの喜びでした。

 よし。では、どんなMIX CDにするか?ということになるわけですが、例の、震災の件があったし。その時期に、僕に出来ることっていうことを再認識したわけなので、大枠としてのテーマというものは僕の中で出来上がっていました。それを象徴するのが、CDのタイトルになった、『ALL IS LOVE IS ALL』です。本来ならば、ロックDJのコンピには似つかわしくないタイトルですよね。でも僕が、個人サイトにこの名前を使い続けてきたこと。『保坂壮彦=ALL IS LOVE IS ALL』という世界観を、スタッフが尊重してくれて。というか、その名前で出すことに意味がある、というくらいでね。僕としては、もう、このタイトルがついただけで、やることは決まった、みたいなところはありました。僕が感じ続けたものを総ざらいし、今、そして、未来に向けて鳴らす音楽を、DJとして紡いでいくということ。それだけです。が。が。が。それだけです、というのに、かなり苦労しました。
 「愛」に正確な定義が無いように、「僕」にだって正確な定義が無いから。なので、とにかく、自分が保有している音楽を全て総ざらいして。数千曲に渡る楽曲から、洋楽を削除し、残った数千曲の中から、「今、鳴らすべき音は何か?」を試行錯誤し。一旦まとめて、約4-500曲くらい。そこから、さらに削ぎ落としの作業が続きました。そこからは苦渋の決断の日々。DJとして繋いでいくスキルを発揮出来る楽曲を選んだり、そんなことは関係無しに、今、届けたい楽曲を選んだりして、日々思案しながら、ようやく40曲ぐらいまで絞り込んだわけです。

 そこから、色んな壁を越えたり、ぶち当たったり、壁に無理矢理穴を開けてしまったり。知らぬまに、落とし穴に落ちてしまったり。それでも、あり得ない偶然やサプライズも降り注いで。意図していなかったことが偶然という必然の魔法で、ばしっと決まったり。何事も、全てが上手く行くとは思っていなかった。だから、色んなトラップにはまったり、ピンポイントで打ち込まれて凹んだりしたけれど、それを超える、人為的なスタッフの皆様の協力と、人為的な力以上の何かが手助けしてくれたりして作業は進んで行きました。

 僕の思い、感情というものの基軸は、既にタイトルで大決定していたけど、じゃあ、DJプレイとしてどう繋いで、紡いで行けばいいのか?と。これももう、何十回、何百回?自宅で、七転八倒しながら、作業を続けていました。

 「あれとこれを繋いでこうなるから、こうする」「いや、これがこうならば、あれはあっちのあれとリンクさせよう」「ビートはもう少し落とす。そうすれば、前の曲が弾ける」「ここの3曲は、アーティストが伝えんとしている思いとしての共通点が似通っているから絶対に切り離さない」とかとか…。とにかく、基本路線として、聴き手に不快感を与えるような繋ぎ方にして、リスナーの気持ちとアーティストの思いを損なってしまったら、絶対に意味が無いという。その考えは絶対に忘れずに挑んでました。さらに、既に色んなところで述べていますが、起承転結、この作品1枚を頭からずっと聴き続けて最後に至ってこそ全てがわかるというような内容にならないように、至極、繊細になっていました。あと一番重要視していたのは、アーティストの思いが込められた楽曲を、僕の身勝手な理由や独断で、短くカットし、ひたすら数多くの楽曲を詰め込むという作品にならないようにする、ということ。

 こんなそんな時期を通して、この作品が出来上がりました。

 なんか、伝え下手になっているような気がするんだけど、気のせい?じゃないよね?かなり、アバウトな文章になっているよね?でも、これで伝えきりたい。これで、伝わって欲しいんです。もうこれ以上言葉にするのは、音楽に対して、言葉の数々によって、カタチある思考でがんじがらめにして、聴く前に、情報過多にさせてしまいそうで。なので、もうこの辺で終わりにします。

 とかいいつつ、ほんと、書き始めると、僕って文章長いんだよね。

 すみませんね、みなさん。

 ここまで読んでくれた人は、素晴らしい!(笑)

 ということで、ちょっとした(じゃねぇぞ。長すぎだぞ的な)『ALL IS LOVE IS ALL』制作秘話的な、話でした。

 とさ。




2011/12/13

『ALL IS LOVE IS ALL』 セルフライナーノーツを書き終えて…。


 収録楽曲、全曲のセルフライナーノーツを連載方式で書き終えました。

 明日、とうとう『ALL IS LOVE IS ALL』が世に出ます。

 やっと『ALL IS LOVE IS ALL』の誕生日が来たんですね。

 早いところは、もう今日から店頭に並んでいるのでしょうか…。


 『ALL IS LOVE IS ALL』というこのアルバムは、「すべてが愛」「愛がすべて」という僕の造語にて名付けられたアルバムであります。改めてなんとも大仰なタイトルを付けたもんだなぁと、自ら思うけど、それは、保坂壮彦のオフィシャルサイトとして『ALL IS LOVE IS ALL』という名前を付けた時も、そう思ったことで…。実際、僕は、“愛とは何か?”と人に問われても、答えなんか出せません。だって、そんなことが解っていたら、こんなタイトルは付けるはずないですからね。当たり前のように、僕は、愛の全てを知らない。いや、少しは知っているのかもしれないが、それがどんなものなのか表現できない。ただ、愛というものがどれだけ大切な感情かということは、解る。どれだけ大きなものかということも解る。でも、それに対して言葉で伝える術を知らない。でも僕は、伝える術と、知る術を知っている。それが、音楽なのです。
 いろいろな表現者が様々なフォーマットで、人間の根源的なことを伝え続けて来ている。その中で、愛というものも、数え切れない人達が、数え切れない解釈で伝え続けてきている。その中で、僕は、音楽から愛を知った。別に、無理からに、説き伏せられた訳ではない。ただ音楽を通じて、愛というものの存在を初めて知ったのです。だからこそ、僕は、音楽を信じるし、愛を伝えてくれる音楽の魔法を信じ続けているのです。
 改めてこのような形で、全曲セルフライナーノーツを書いてみて、28曲、全部の曲に感化されて感情を揺さぶられた自分がいたことを再確認しました。そして、その思いを、『ALL IS LOVE IS ALL』というアルバムで、音楽で届ける前に、この場で言葉で伝えることが出来て良かったと思ってます。だけど、だけど、だけど、ね。言葉じゃないんだよね。音楽を説明するのに言葉は必要だけれども、不可欠ではない。音楽は音楽だから。それ以外の何物でも無いから。だから、この僕のセルフライナーノーツを読んでくれた人に感謝の意を届けつつも、とにかく、『ALL IS LOVE IS ALL』というアルバムに詰まった音楽を是非とも聴いてもらいたい。それがなければ始まらないから。
 聴いて下さい。聴いてくれれば、その時点から、僕のセルフライナーノーツは必要じゃなくなるのです。音楽は、リスナーのものです。作り手が産み出したものですが、届けられたリスナーが聴いて、そこから産まれる感情がその音楽の全てを決めるのです。敢えて、わがままを言わせてもらえれば、そこに何かしら、愛というものの欠片を感じてもらえれば僕は本望です。

 もうそれだけです。

 是非、聴いて下さい。