2013/05/16

「書くことが無い」ということを「書いた」ブログ。




 あまりにもブログを書くことが疎かになってしまって、何を書きたいと思った時にこの場で何を書けばいいのかっていうこと自体が解らなくなってしまったのであります。こうやって久しぶりにブログを書こうということにトライしてみて、キーボードを打ち続けていても何を書こうか思いつかないまま、ただひたすら文字を連ねている状態でありまして。だったら書かなければいいんだけれど。書かなければブログの意味も無くなってしまうと思ってしまったので。なんとか何かを書こうと思っています。

 しかし。


 思いつかない(笑)。


 SNSで全てが事足りるっていう風に割り切りたくない気持ちはずっと思い続けていて。だからこそこの場所が必要たり得ていると信じ続けているのだけれど。結局のところ、SNSで短い言葉で、伝えることを放出してしまっているのだろうなって。改めて強く感じてしまっています。


 それが悪いとかいうわけじゃないんだけれど。SNSが無ければ、僕が何かを伝えんとした時に、この場しかないわけだから。やっぱり、SNSにてガス抜きを、小出し小出しにしてしまっているから、ブログに長文を書こうという気持ちが薄れてきてしまっているのだろうと。そう思う気がするのであります。きっとそういうことなんだと思います。


 でも、それが真実ならば、ちょっと自分の心が寂しくなってしまっているのかも〜って思うわけで。昔は、日々のあらゆる出来事から、魂の叫びやら、くだらない話やら、馬鹿な文章をここで書き連ねていたんだからね。それをしなくなってしまったこと。しようと思えなくなってしまったことは、やっぱりどっかで何かを出すことを忘れてしまっているのだと。強く思います。


 こうやって。


 書き始めれば、なんとかブログらしくなってきた(笑)。


 「書くことが無い」ということを「書いた」ブログ。


 本末転倒。。。


 てかさ。何も構えることはないんだよねって。こういう葛藤は今までも何度も何回も思ってきたことだし、吐き出してきたことだから。今に始まったことじゃないってことを今更ながらに思い出したりしてきている自分がいるという。なんだかなぁ…。忘れることが多すぎて。困るな。忘れたこと自体、忘れるし。


 なんだかなぁ。。。

 っていう、久しぶりのブログでした。




2013/01/27

あいたい。



歳を重ねるごとに、学生時代の友人とあうことは減っていき。
社会人になると、仕事上の付き合いは増えるけど。
心から打ち解ける人にであえる機会はあんましない。
そんなことを考えると。
僕は今からどれだけの人とあい。
その人たちと、どれだけの感情を共有、共感できるのだろうかって。

ふと思ったわけです。

別に今の自分の周りにいる人たちだけじゃ物足りないというわけではなくて。
ただ、単純に、もっと、人とあえる機会を増やして。
もっともっと、沢山を吸収したいし、沢山を届けたいなって。

ふと思ったわけです。

それも、薄っぺらい感情ではなくて。
喜怒哀楽。愛も憎悪もひっくるめて。
自分の心を開けっ放しにして。
相手の心にずけずけと入り込んでいくような。
もしかしたら、うざったいと思われるかも知れないけれど。
おせっかいだと、ドン引かれるかも知れないけれど。
それでもいいから、沢山の人とあいたいなと。

それは、人だけではなくて。
音楽にも言えるわけで。

まだまだ沢山がいっぱいあるんだから。
もったいないし、もっと踏み込みたいなと。
ネット上でも沢山あえることもあるからこそ。
その出あいも含めて。

まだまだ。

いっぱい。

自分の心がもっと揺り動かされるような。
そんな気持ちをもっともっと感じたい。
別に死ぬ日が決まっているわけじゃないから。
あとどれくらいの年月が自分に残されているのは解らないけれど。
だから尚更、人とあいたい。

人に届けたい。

人から貰いたい。

僕は、自己プロフィールにて、「架け橋的存在」でいたいと、書いている。
ならば尚更、音楽にあいたい。

人。音楽。

それ以外にも沢山あって。
いろんなものと、あって、あって、あって。
そして、未だ見ぬ人に、あえぬ人に、届けたい。
新しく貰えたものが素晴らしいものであればあるほど。
その素晴らしさを知らぬ人に届けたい。

それを受け取ってくれた人が、何かしらの共感や共有を得れれば。
本望だし。スルーされてもそれも本望だ。

兎にも角にも。
あいたい。
いっぱいあいたい。

これは、俺の孤独から発せられた、一方的な想いなのかもしれない。
それでもいい。

うん。
それでもいいと思えるようになった。
んだな。







2013/01/16

スコットとリバースと洋楽と邦楽。




 「最近の若者は洋楽を聴かなくなった」という話題が飛び交ってる昨今。では、彼等が産み出す楽曲は洋楽なのだろうか。邦楽なのだろうか。

 例えば彼等が全編日本語の歌詞で楽曲を制作したのならば、それは邦楽になるのだろうか。彼等の活動が日本限定であるならば、それは邦楽になるのだろうか。ようは彼等の音楽を聴いたならば、それは、洋楽を聴いたことになるのだろうか。

 僕はほんと天の邪鬼なので、「最近の若者は洋楽を聴かなくなった」という話題が、一元論や二元論などでぶった切って、片付けられるのが怖いんですよね。そんな簡単なことじゃないし。でも、実はとっても簡単なことでもあるとも思っていて。結局、人が音楽を聴く聴かないということが、まず第一にあるわけで。その後の行動の中で、何を聴くのか、という選択肢が無数の枝葉に別れていると。その無数のなかの大枠での選択肢に、洋楽、邦楽ということがあるだけで。その大枠というのは形がはっきりとしているようでしていないと思うのです。たったひとつの側面であると思うのです。だからこそ、重要なのかも知れませんが。

 だから、Scott & Riversの存在っていうのが、ある意味、面白い存在として、今、 ここにいるんですよね。だって、僕は、洋楽だとか邦楽だとか考えずに、彼の音楽を聴いているわけですから。

 とはいいつつも、「最近の若者は洋楽を聴かなくなった」は事実。そして問題になっているのは深刻であると感じています。ということも、考えて言葉に記してしまうのが、僕の天の邪鬼の性分を如実に表しているということですよね。お許しを。。。。。







Scott & Rivers  - HOMELY GIRL -