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DJ 保坂壮彦
8月2日(土)
8月3日(日)
2日間、出演いたします!!
よろしくです!!
もう昨日になってしまったけど。
6月9日。ロックの日。
実は個人史にとって、特別な日だったことを思い出させてもらいました。
忘れてました。
16年前のロックの日。
1998年6月9日。
この日から、僕は、今は無きCDショップの店員として働き始めたのです。
当時出会った連中は、未だに深い繋がりがあります。
気軽に連絡取り合って、呑みにいったりしてる連中もいるし。
疎遠になっているけれど、互いに大切な想いを抱いている奴らもいるし。
それもこれも。
音楽が大好きだってことが根底にあったからこそで。
さらに、互いの音楽を垣根無く、共有し合い。
音楽の世界の幅を広げることが出来たっていうのがあったからで。
でも。
それだけじゃないんだなって思います。
1998年という時代背景があったからこそっていうのも大きな理由だと思うのです。
ってことで。
とあるまとめサイトに辿り着きました。
「林檎に宇多田…CDバブルの98年は今でも重要な年だった」
http://matome.naver.jp/odai/2138525798645677601
今振り返ると、こんなにも凄い時代だったんだなって。
改めて、実感。
1998年。
凄かったよ。
先日のDJイベント「BAGSY」にての出来事。
場所は、東京354CLUB。
先月も、とある某世界的有名EDMアーティストご一行が遊びに来ていて。神輿を担ぐし、はっぴも着るし、で。
This Is NIPPON!!を楽しんでくれまして。
今回も、オープニングから外国人客3人がカウンターでいらしてましてね。
なんとなく、しんみりと、おとなしく、僕らのDJを聴ききながらなのか、聴いていないかどうかわからないような感じで、ビールを飲み干していたのですが、僕の1回目のDJの終わり頃からバーカウンター辺りで、その外国人客3人が急に火がついたかのように踊り始めて、盛り上がっちゃって。
結局、明け方まで汗まみれで、僕らと終始盛り上がってくれちゃってくれまして。とても嬉しかったのでありましたのですが。何故に、何きっかけで彼等は盛り上がっちゃったのか解らなくて。
彼等に直接聞こうと思い、片言の英語で話しかけたら、彼等はドイツ人だと。こりゃたまらん、と。英語すらまともに喋られないのに、ドイツ語なんて無理無理!っつーことで。お店のドリンクカウンターで働いていた女性スタッフに、彼等の事の始まりを尋ねたら、僕のDJでかけた、SEBASTIAN Xの『スーダラ節』を聴いて。それから火がついて、WAO!となったということだと。
彼等が、スタッフに、「この曲はなんていう曲だ?」って尋ねたらしく。でも、そのスタッフは、原曲は知っているけど、SEBSTIAN Xのカバーということまでは知らずで。ていうか、『スーダラ節』の説明をするにも、上手く説明できなかったって言っていて。「この曲は、ハナ肇とクレージー・キャッツ。植木等の曲で…」なんて説明するには難しすぎるって話。
「まるでスカのようでかっこいい!」と言っていたと。
なるほど。スカですか。『スーダラ節』が、スカに聴こえたんだ。っていう。意外ですわ。ドイツの人にね。まあ、カバーバージョンのビート構成が、まあ、ざっくり言うと、スカと言えば、スカ、かなって。
いや。原曲のままを聴かせたら、こんなにも彼等は盛り上がらなかった、彼等の琴線に引っかからなかったと思う。SEBASTIAN Xのカバーバージョンの絶妙さが成し得た結果だよなって。思いました。性急なビートの上に流れる、へろっとしたメロディの絡み。
素晴らしい。
それと、やっぱり、サビの部分のインパクトが凄かったのかなって。思いましてね。
“♪ア ホレ スイスイ スーダララッタ スラスラ スイスイスイ♫”
だもんね。日本語だけど、じゃないような。
さらに、原曲を聴くと、日本の土着的音楽の盆踊りに近いんですよね。
そうなると、なおさら、意外ですよね。
でもでも。日本の流行歌。スタンダードナンバーを耳にして直感的にドイツ人が盛り上がるという図式。最高っすよね。嬉しい出来事でした。
音楽は国境を越える、っていうけど。ほんとうそうだね。
“♪わかっちゃいるけどやめられない♫”
そんな歌詞の意味を知らずに、盛り上がるって素敵だよ。
坂本九の『SUKIYAKI』のように。
THE BOOMの『SHIMAUTA』のように。
もしかしたら、『SUHDARA-BUSHI』なんて名前で、この2014年をきっかけに、世界中に『スーダラ節』が鳴り響くことになるかもしれないって。勝手な妄想を、ブラジルW杯が近くなっている今日この頃。膨らんでしまったのでありました。