2010/08/29

なんとなく、あらためて、自己紹介。

どうも、保坂壮彦(ほさかたけひこ)と申します。

「ROCK IN JAPAN FES.2010」のDJ BOOTHで三日間DJをやらせていただいたのが直近の活動です。音楽雑誌「MUSICA」にて毎月ディスクレビューを書いてます。DJやらライターやらをやっている音楽馬鹿です。馬鹿が度を過ぎて、愛しすぎて、一回りして、馬鹿になった、音楽馬鹿野郎です。
「ALL IS LOVE IS ALL」
http://www.allisloveisall.com
というサイトで、この日記やらを書いてたり、写真を公開してたりしてます。
そう、最近、みなさんの目に触れることが無くなってしまいましたが、カメラマンも自称でやってます。

久し振りに自己紹介をしてみたら、こんな中途半端な感じになっちゃいました。
俺って何者だ。。。。

そうそう。最近、「俺って何者だ。。。。」っていうことを考えるのです。みなさんどうすか?あなたは何者ですか?

別に社会的に名乗れる肩書きがどうだこうだとかそんな薄っぺらいものではなくて、もっと、ずばっと自分を語れる何かがあるはずなのに、見失っているようでしょうがない。だからといって、自己探求とかそういう類のものではないんですよね。なんか、こう、しっくりくる自分ってものがあるはずなのになぁって。思うわけです。

最近、音楽を聴いていても、同じようなこと思います。

例えば、ロックってものは、時として、社会に対するアンチテーゼとして存在する力を持ったり、政治的メッセージを投げかけるものでもある。さらに、享楽的なパーティーピーポーを盛り上げるモノでもあり、部屋にこもってどうにもならない自分を慰めるベッドルームミュージックでもある。それぞれ、時代によって、大衆的にポップミュージックとして機能するロックは、変化するわけで、今挙げたようなロック以外のモノも、今までの時代を先んずるものとして機能してきた。そこで思うに、今、ロックに必要とされているものは、「俺って何者だ。。。。」というものを確認するものであるような気がするのです。
とはいっても、「俺ってこういうものだぜ!」っていう高圧的な、一方的なテーゼを突き付ける、胸焼けするようなロックではないのです。自分自身がなんなのかってことを考えるきっかけになるようなロックが今、必要とされているのかなって思うのです。再度書くけど、自己探求ではないのです。「きっかけ」としてのロックだと思うのです。今。
音楽は多種多様なものを表現する中で、決起集会のようなものもあるけど、全ての人間に通ずるものとしての、「きっかけ」を流布することもあるのです。それが一番いまキテるような気がするのです。

予感は、サカナクション「アイデンティティ」のリリースから始まります。アジカンの「マジックディスク」もそうです。そして、くるりの、絶対的に名盤になるであろう、「言葉にならない、笑顔をみせてくれよ」にもその予感は漂ってます。




特に、最近、刺々しく突き刺さるロックも現れていて。ダンス!ダンス!なロックも現れているけど。それらも、大袈裟な言い方をすると、「きっかけ」として機能しているのではないかとも思うのです。

今まで、僕達は、なんとなく、ロックに喚起させられていた時代が続いていたような気がします。自分はおいておいて、ロックが騒いでくれるから、それに乗っかれば、なんとかなるさ、って感じです。でも、もうそろそろ違うような気がするのです。主体的にロックに携わるということでもなく、ただ、ただ、ひたすら、「きっかけ」をロックが与えてくれる。それを全体的に浴びることが重要なのではないかなって。「モテキ」の人気もそうなのかなって。でも、実写版「BECK」はちょっと違うかな…って(※念のために言うと、原作自体がちょい過去のものになるから、時代性としてタイムラグがある気がするのです)。

きっかけ。

それをちょっと感じてもらえれば幸いです。

この日記の冒頭の僕の自己紹介も、何かのきっかけになればいいかなって。

というわけで、僕は、なんでもやる課の課長です。なんでもやります。なんでも受けます。
メール募集中でーす(笑)。

allisloveisall@gmail.com

2010/08/23

おわりのはじまり。ていうか。おわってないのかもしれない。

 HMV渋谷店が閉店というニュースはいろんなところで取り上げられてますね。今まさに日テレで閉店間際、シャッターが閉まる瞬間の映像が映りました。

 最近僕は、自分の経歴を惜しげもなく隠し事なく暴いていこうと思っておりますんで、色々なおわりのはじまり。を書き殴ってみようと思ってみます。

 大学卒業後、というか、就活しながら色んな企業の面接を受けました。まあ、振り返れば、大学に入った理由というのが、四年間、バンド活動が出来るからというとても緩い理由でもあり。四年間もあれば将来の夢を考えられるだろうという。勉学に励むということは全く考えていない状態で大学に入り。四年生になったときに、「さあどうする?」「この先」というタイミングで。バンドは続けていたけど、食っていけるような様では無かったので、ここでも取り敢えず企業に就職しましょうという、安易な考えで、色んな企業の面接を受けました。とはいいつつも、音楽が好きだったから、レコード会社関連を受けましたが、すべて落ちまくり。一般企業も落ちまくり。何故か。俺が悪いのか。それもあるけど、僕の就活時期は、所謂バブル後の残骸が社会に蔓延していた時代。数年前は、企業がこぞって「入社しな〜!」ってどんな輩でも手招きして採用していたというよき時代が過ぎ去った時期であったのもあり。落ちまくり。そんな中でも、こんな俺でも、ふと面接を受けて雇ってくれたのが、知る人ぞ知る、オクトパス・アーミーなのです。
 オクトパス・アーミー。未だに数店舗健在です。僕が入社した頃は全国で(海外も含めて)50店舗ほどありました。主にメンズカジュアルの所謂、アメカジなるものの発祥でもあります。しかーし。バブル崩壊というのもあり、僕が入社したころから斜陽化していたのであります。当時の勤務先は、渋谷店。スペイン坂の入り口ですな。今は、何があるんだっけ…。ちょうど坂の下の入り口の角地です。斜陽化していたといっても、渋谷店は本店みたいなもので、客の入りははんぱなくて。土日と言えば、ダンボールに詰まった洋服が平均100個朝一で倉庫から運ばれてくる。それを数時間でさばいて、その日のうちに売りまくるというお店で。それから色々ありまして、僕がいなくなった渋谷店はいつの間にか閉店。年々お店が無くなっていきました。考えてみれば、今日閉店したHMV渋谷店って近くだよね。当時は、クワトロにあった店によくいってましたよ。そのHMV渋谷店もね…。
 改めて。僕はHMVで働いていました。数年前まで。さらに遡ると、先に述べた、オクトパス・アーミー退職後に、WAVEで働いてました。国内資本のCDショップ最大というね。そのWAVEにいた頃も、本店と言われ、「何でも揃うCDショップ」と言われた、六本木店が閉店というタイミング。とにもかくにも「終わる」という現象になにかしらいつも関わっていたということなのであります。
 まあ僕の経歴を当てはめて、全て終わりに繋げるのもおかしな話だと思います。ファッションにしろ音楽にしろ、流行という、時代の流れに乗るか反るかという。そいういう立場にいる職業ですから。その場にいれば、自ずと、終わりがあるし、自ずと、始まりに立ち会うことも出来るはずですから。
 とはいいつつも、僕個人は、始まるというよりも、「終わり」に立ち会うことがどうしても多い人生であるのは確かなのです。それを、今日、また、HMV渋谷閉店という「終わり」を味わうことになりました。
 この日記のタイトルにも標しましたが、「おわりのはじまり。」とね、「なんとか世紀少年」なタイトルですが。「おわりのはじまり。」なんですよね。全て。そういうことを学んでいます。学び直しています。これからも学ぶでしょう。
 ちょっと大袈裟な例え方をすると、人間が死ぬことも終わりということです。この歳になると、やれ、じいちゃんばあちゃん、おじちゃんおばちゃん、と。親族だけでも色んな愛すべき人達が死を受け入れて逝きます。その事実を受け入れるとき、とてつもない「刹那」がやってきます。哀しみという「刹那」。その刹那を消すモノは、やはり「生」なんですよね。この歳になると、やれ、甥っ子だの姪っ子だの、友人知人の子供だの。無邪気に生まれ来る「生」に溢れるんですよ。そこにあるのは「歓喜」なんです。「歓喜」。
 
 「刹那」と「歓喜」。

 もしかしたら、僕の人生の中で、「歓喜」の比率が少ないのかもって思ってるんです。感じる力が弱くなっているのかも知れません。「刹那」を重く抱きすぎて、「歓喜」を抱く対象をどこかで取捨選択して、素直に受け入れることが出来ていないのかも知れない。そう思うのです。しかし、終わりがあれば始まりがあるということは絶対的な事実だから、始まりをもって浴びることが必要なんじゃないかなって思い始めてます。

 なんかこの日記、錯乱してますが、いっつも僕はこんな感じです。

 そうそう。僕は、満たされない「歓喜」を抱くために音楽を聴いているということなのだと思います。今、改めて、思いました。だから、終わりが見える音楽はあまり好まないんだなって。そう思うのです。
 どういう表現でもいい。何かが終わってしまった、終わることを知ってしまった音楽にとてつもない光り輝く希望を抱くのであろうと。

 そういう結論で、久し振りのブログを閉めようとおもいまーす。

 おそまつ。
 

2010/08/16

MUSICA

 音楽雑誌、「MUSICA」にて、今月号もレビューを書かせて頂いております。今月号は、くるり、FPM、石野卓球、WIREコンピ、シャーラタンズの5本です。「MUSICA」でのレビューは、2007年の創刊号から続けて、気が付けば、3年以上レビューを書かせて頂いております。今だから言いますが(というか、別に今だからというわけでもないのですが)、当時、HMVにて働いておりまして。店舗ではなく、ONLINEの方です。そこで、長年のおつきあいであります、鹿野さんから、「MUSICA」創刊の話を聞き、HMVとのコラボレーションをやりましょうという話になり、その延長線上も含め、レコ屋の一員としてのレビュアーという立場で書かせて頂くことになったわけであります。今だから言いますが(というか、別に今だからというわけでもないのですが)、実は、「snoozer」という音楽雑誌に一瞬(笑)だけ在籍したこともあります(宗さん元気ですか?)。音楽を語ることは僕にとって、DJと同じくらい興味深いものであり、生業として行きたいと思っていたものであります。そうそう。そういえば、フェスのDJをやらせて頂くきっかけになったのは、ロッキングオンの兵庫さんでありまして。そう考えると、色んなみなさんのお声がけに救われて今の自分がいるんだなって思うわけであるとともに、まだまだ40を手前にして、ひよっこでいる自分を咎めたい気持ちも沸き起こってきます。

 感謝なのです。

 こんな僕ですが。

 いつぞやか、出世払い出来るように。

 しますんで。

 もう少しお待ち下さい。

 っていいながら、いつまで待たせるんだとか。

 もう別に、待ってないし、どうでもいいし、とか。

 思っているかも知れませんが。

 なんとかやりますんで。

 よろしくです。

2010/08/10

「ROCK IN JAPAN FES 2010」を終えて。

 トップの写真を変えました。

 DJ BOOTHの裏に常設されているビニールテントの控え室から撮った、夕陽輝く景色です。3日間連続の猛暑が続いた今回のフェスは、夕方になってようやく落ち着くことが出来た。あまりにも暑い陽射しが心も体も蝕むようで。

 「ROCK IN JAPAN FES 2010」終了しました。

 個人的な区切りとなる10年目のフェス。蓋を開けてみれば、金曜日からの猛暑と伴って、史上最強の入場者数。例年、金曜日は土日と比べて多少、お客さんの人数が少ないイメージでしたが、そんなことは全くなくて。連日連夜、DJ BOOTHは大盛況で幕を閉じました。
 改めて、フェス主催者のロッキングオンのスタッフの皆様。DJ BOOTHを3日間支えて下さった、音響映像関係、セキュリティー関係、総合的なとりまとめをして下さったスタッフ、皆さん全てに感謝の意を捧げます。 そして、連日連夜、DJ BOOTHに足を運んでくれた皆様に最大級の感謝の意を。さらに、常になり響き渡った全ての音楽に敬意を表します。
 印象に残る出来事は多々あったけど、とにかく猛暑が体を痛めつけてくれました。アラフォーのおっさんにとって、今年の暑さはきつすぎた…。楽屋やら、どこでもそうだけど、会う人会う人と交わす会話のまず一言目が「暑いっすよね〜」であったことも象徴しています。さらに、先に軽く触れましたが、金曜日から怒濤の入場者数の波、波、波。予想以上の人の数に、どきどきしたというか、この戦いが三日間続くのか…、と。改めて、DJ BOOTHが背負っていく、果たしていく、使命の重さを初日からずっしりと受け止めることになったことは、今年が初めてといっても過言ではないです。



 そうそう。楽屋と言えば、長年やってますと、色んな人とひたちなかで再会することが多くて。でも、大体、三日間に渡ってひとりひとりと、出逢うことが多いんだけど、今年は何故か初日にどばっと。ほぼ全ての知り合いと再会という奇跡もあって。なんか不思議な感覚に陥ったなぁと。今想い出しました。
 改めて。そうです。連日、1日に3回ステージに上がりました。合計、9ステージ。1ステージ約50分だとすると、450分。7〜8時間もの間、DJをやったのだということなのです。今こうやって計算すると凄いことだ、と、再確認。
 今年の目標は、燃え尽きる、ということが第一。さらに、忘れ物はしない、ということ。さらにさらに、10年の集大成として、今まで得たものを噛みしめつつ、それを今年の三日間で全てを出して、何かしらの標を、何かしら意味のあるものを残すことが出来れば本望であると。それを目標にしていたのですが、出来たかな? うん。出来た、と思ってます。



 全てのステージでの全てのDJでの全ての音楽に全ての感情をぶつけて記憶に残して行く三日間でしたが、やはり一番素晴らしい記憶として残った時間帯は、二日目のオーラスのDJです。今までも幾度となく、トリの時間をやってきたけど、とてつもなくびびります。保坂を知ってくれている人がどれだけなのか。ライブを見終わった最後の最後にDJを楽しみに来てくれた人、初めての人をどれだけ楽しませることが出来るのだろうか。そんな不安を持ち合わせてステージにあがるのが最後の時間なのです。
 僕は、DJをするときに、基本的に選曲を決めることがありません。イメージとしてなんとなく頭の中に描いて、ステージに上がります。ぶっつけ本番みたいなものです。でもそれが一番リアルタイムな音楽を生々しくフロアに流すことが出来ると思っています。自分の直前のDJが最後に流したトラックや、最後に残した空気感は、前もって知るよしもないものだから。それを感じた後に、自分が最初にかける曲を決めて、その波をフロアにいるお客さんがどのように受け止めて、どのように僕に向けて返してくれるかを感じながら、ひたすら、選曲、選曲、スピン、スピンしていくのです。なので、他のDJよりも、曲中のパフォーマンスがおろそかになっているかも知れません。でも僕は必至なので。次の曲を選ぶのに。でも、手抜きはしていませんよ。ちゃーんとやってるのでありまーす。



 そうそう。二日目最後のDJ。このときは、一曲目と最後の曲だけはばっちり決めていました。バンプの「天体観測」を一発目に。サカナの「セントレイ」で大団円を。それだけは果たそうと、決めていました。何故か。それはまあ、私の思いが詰まっているものでして。その場にいた人は感じてくれたかも知れませんし。知れなかったかも知れませんし。まあ改めて言うことでもないので…。でもって。それ以外の、間の選曲はやはりいつも通り全く白紙。それで勝負したのですが、蓋を開けてみれば、自分もビックリするぐらいの選曲をかましていました。
 ちょっと大袈裟にいうと、長年DJをやっているとたまに、降ってくる時があるのです。怪しい言い方ですみません。降ってくるって、例のあれです。降りてくるという言い方でもいいでしょうか。そうです。まるで、誰かに操られているかのように、自分の意志で選曲しているようでしていないような。選ばされているような感覚になる時があるのです。それが今回、二日目のDJにやってきました。降臨です(笑)。それはそれは、とても幸福な時間で。降ってきた感覚と共に音楽と一体になれる。そしてフロアを埋め尽くしたお客さんと一体になれる。これほど素晴らしい体験はありません。それが最後の最後でやってきて。10年間やり続けて本当によかったと思ったのであります。
 まあ、このブログで、何回も過去のフェスを振り返りながら、その度に伝えていることがあります。そう、僕は、ミュージシャンではありません。ましてや、無から有を産み出すことをするDJでもありません。他にクリエイティブな活動をしているわけでもないので、我が身を打ち出してパフォーマンスをすることも出来ないのです。だから、ただ、素晴らしい音楽を。自分で本当だと思った音楽を。嘘の音楽は絶対的に排除し。目の前にいるオーディエンスに届ける、架け橋的DJとして存在していると思っています。音によって、人と人を繋げる。音は有史以来必ず人の側に存在してきたものであるからして。ましてや祝祭空間という場所では絶対的に必要不可欠なものであるからして。その場を、より良く。その場にいる人、たった1人にでも、幸福な瞬間を、音楽を通じて感じ取れることが出来るのならば、それは、僕にとって本望であり。架け橋として人と人を繋ぐ使命をもった僕にとって最大級の至福であります。そんな瞬間が、例年以上に多くやって来たフェスでもあったなぁと思います。



 他にも沢山の想い出が残りました。

 沢山のものを刻みました。

 届けました。

 音楽は素晴らしい。

 人がこの世にいる限り。

 音楽は決して消え去らない。

 ならば音楽で一喜一憂するべきである。

 言葉では届けられない、目に見えない感情を。

 音楽で僕らは感じるのです。

 そして、また明日から、歩くのです。

 やりました。俺。

 もう。やりきりました。

 ありがとう。

 ほんとうに悔い無し。

 ありがとう。


※保坂壮彦へのメールは下記まで。DJの感想募集中です。
allisloveisall@gmail.com

2010/08/05

ROCK IN JAPAN FES DJ BOOTH 2009〜2010へ。

 とうとう明日ですね。

 あえて去年のは振り返りません。

 明日以降の三日間がどのような景色になるかで。

 去年の想い出が変わってきそうだから。

 保坂壮彦、10年目の夏です。

 色んなものを区切ります。

 ひたちなかよ、待ってろ。

 ひたちなかで会える人たち。

 保坂を捕まえて下さい。トトロよりちょっと痩せてます。

 主な更新は、twitterになりそうです。

 では!

2010/08/03

ROCK IN JAPAN FES DJ BOOTH 2008

 ちなみに、日記のトップの画像を変えました。これ、今年の春に一人旅で伊勢に行ったときにとある神社で撮影したモノです。いわゆる、今的にいうと、パワースポット扱いされる場所です。あんまし、パワースポットって言いたくないんだけど。だって、パワースポットって結局なんだよ?って感じだから。そんなもん昔からあるし、とっても並列的な扱いになりすぎてて、言葉の意味が曖昧で、力あるモノ全て、モノだろうが人間だろうが、とにかく御利益がありそうだとか、気があるとか。人それぞれにすげぇって思ったことを、パワースポットという言葉ひとつで集約して並べ揃えてしまうというのがとっても嫌なのだ。まあ、こういう言葉の使い方というか、ジャンル的なものを確立させて、そこに付随するものをまとめてしまって、個性を消して、扱いやすくするのが日本人特有の文化でもあるからね。でもやだなー。

ということで。
いつものコーナー。

振り返ります。

【ROCK IN JAPAN FES DJ BOOTH 2008】
 2年前ですか。最近になりました。ようやく。この年で今振り返って、一番強烈な想い出となっているのが、岡田義徳君のDJですかね。
 フェスの直前に川村カオリさんがお亡くなりになり。親しくしていた岡田君が、川村さんへのリスペクトと、捧げるDJを繰り広げたという。その姿はまさに神々しかったというか。川村さんが大好きだった曲を、岡田君がパンクスタイルでひたすらスピンした。それも、ブースに入り込んでではなく、リモートコントロールを使って、ステージ上を縦横無尽に徘徊し、ひたすらスピンするというスタイル。途中から観た人は、「なんだ?」となったかと思います。でも最初から観ていた人は、かなりぐさっときたことがあったのではないかと思います。
 短くなりましたが、今回は。

 保坂壮彦日記でもこちらでまた書いてます。

 覗いて下さい。



 

2010/08/01

ROCK IN JAPAN FES DJ BOOTH 2007

 ここ最近で気付いたことは、このブログでの自分の文章が荒れてること(笑)。何が荒れているかというと、句読点の打ち方や、口述的なおかしな表現が増えてることです。何でこういう風に最近なってしまったのかわからないのですが、改めて最近の日記を読み返すと、とてつもなく読みづらいことに気付いてしまったので、今日からちゃんと(?)した文章に戻そうとして試みているのですが、みなさんどうでしょうか? 今のところ読みやすくなっているでしょうか?

 でわ。

 振り返るコーナー。

 ていうか、フェスまでもう日がない。。。。

【ROCK IN JAPAN FES DJ BOOTH 2007】
 様々な個人的な事情も重なって、色々な想いが錯綜していた年だったような気がします。この年くらいから、自分の手作りTシャツを卒業して、soultodayのオフィシャルTシャツを販売するようになったような気がします。全てが、気がします、な感じになってしまいそうですが、記憶というモノはそういうモノでいいような気がします…。
 この振り返りの文章中で言うのもおかしな感じかも知れませんが、最近、知人と話をする機会があり、その中で、自分の忘れかけていた感覚が蘇ったことがあったのです。それは、とある話の内容で、知人がとってもポジティブな発言をしてきて。その発言を読み取って、僕は、すぐさま、「ポジティブだね〜」と反応してしまったのですが、そのやりとりを数年前の自分に置き換えると、多分、そのような言葉の反応ではなく、「なるほど〜わかる〜」と発言していたような気がしたのです。ようはなにかというと、自分の中で、ポジティブな反応がとっても薄くなってきてしまったようなのです。年を重ねるというのは、いいことでもあり、結構難儀なことでもあるのが、「知ってしまう」という経験値。知りすぎると自分の経験則で感情さえも動いてしまうということ。数年前なら、反射神経のごとく、良いモノは良いと。素晴らしいモノは素晴らしいと。素直に感極まることが多かった気がするのです。そういう自分に、些細な知人の言葉によって、気付いてしまったのです。
 フェスのDJもそうなのかなとこの年になって思います。当たり前のようになってしまったり、慣れてしまったり、予定調和という一番嫌いな言葉さえも引用してしまうことにもなってしまうこともあるのかなということです。初期衝動とまでは行き着くことは出来ないかも知れませんが、絶対的な感動や、本当の喜びというものは、瞬間瞬間、一生に一度しかやってこない、同じものは二度とない、だからこそ、慣れ親しんだ場所であろうが、そのステージに上がるのであれば、必ず新鮮な気持ちでいるべきだと。
 経験なんて関係ない。出続けていることが凄いことだなんて思っていないけれど、心のどこかで、俺って凄いって思っているかも知れない。驕り高ぶるのは嫌いなのだが、どこかで、心の隙間に入り込んでいるかも知れない。そう思い始めたら、自分の純真さと、真摯さの揺るぎなさに少しひびが入っていることに気付きました。さらに、経験と慣れを元に、惰性という怠惰に逃げてしまっているかもしれない自分もいたり。とにかく、なにがあろうとも、素晴らしい場所で、素晴らしい人達と、素晴らしい音楽を届け、素晴らしい笑顔と涙と感動と歓喜を分かち合える幸福を忘れてはいけないと。そう思い始めたのでございます。

 これって全然振り返りじゃないかも知れないけれど。

 この年を振り返り始めたら気付いたことと決意なので。

 記します。


 あとは、こちら。

 当時の僕の言葉を読んでやっていただければ幸いです。

ROCK IN JAPAN FES DJ BOOTH 2006

 気が付いたら、あれなのね。フジテレビのCSでフジロックの生放送やらやってんのね。今、今日の再放送をやってて。charがフィールドオブヘブンで演ったライブのビデオが流れてる。いいねぇ。ヘブンでcharなんて。酔うねぇ。こうやって自宅で会場の雰囲気を味わえちゃうっていいねぇ。行けないっていうストレスも少し晴れてきましたよ。えええ。

はい。でわ。フェスはフェスでもジャパンフェス。

【ROCK IN JAPAN FES DJ BOOTH 2006】
 やっぱりこの年は、矢沢永吉さまでしょうかね。フェス自体のエポックは。僕も観ましたよ。最初だけ。ステージの両脇からハーレー(?)に乗った男の人が、バイクの音をぶんぶん鳴らしてね。とにかく凄かった。あと、またもや、この年から、ステージがひとつ増えたんっすよね。WING TENTね。そうか…。もう4年前になるんだね…。WING TENTが出来て…。まだまともに行ったことがない。WING TENTに…。遠いよね。DJ BOOTHからね。だとしても行かないなんていけないことだ。今年こそ、全ステージクリアしようかな。とはいいつつも、遊びに行っているわけではないからね。そうそう。体力的に無理ー!!ていうことがあったりして、行けないステージもあると。あたりまえよねー。出演者だからね。
 で、

 で。

 で、

 今まで通り、ここで語るべきですが。2006年を。なのですが。この年くらいから、保坂壮彦、ブログという名の日記という名のブログを書いておりまして。まあ、以前から書いていましたが、フェスに関して、その時の想いをつらつらと、その時の熱い思いとともに書いた文章が、この年くらいから存在しておりまして。是非、それに目を通して下さい。

こちらです。

熱いっす。

そして。

自分でも忘れていた何かを。


想い出さずにはいられません。